コラム

裁判例 獣医療訴訟

犬の右前肢骨折に対する創外固定術に関連し、損害賠償請求が棄却された裁判例

弁護士 幡野真弥

 東京地裁令和 4年 3月30日判決をご紹介します。

 飼い犬の右前肢骨折に対する治療を受けた原告らが、被告獣医師には、
①飼い犬に対する創外固定術の際、骨折端の接合部位がずれた状態で固定した過失
②外副子を早期に外した過失
 があり、これにより飼い犬が患部を再骨折するに至ったと主張して、損害賠償請求を行いました。

 事案は以下のとおりです。
・飼い犬は、平成29年8月15日夕方、原告X2の帰省先において右前肢撓尺骨を骨折した。骨折したところは目撃されていないが、階段下で鳴いており、階段から落ちて骨折したものと考えれた。
・原告らは、かかりつけ医である被告動物病院において手術を受けさせることとし、平成29年8月18日、飼い犬を被告動物病院に受診させた。
・X線検査の結果、右前肢の橈骨遠位1/3に横骨折、尺骨の遠位1/3及び1/6の2か所に横骨折があることが分かった。
・被告は、同日、右前肢撓尺骨骨折に対し、ステップ・バイ・ステップ法による創外固定術を実施し、術後、患肢をアルフェンスシーネで固定した上で、2週間の入院管理下でのケージレストとした。
・平成29年9月2日、被告動物病院を退院し、その後、術後経過について継続的に被告の診察を受けた。
・獣医師は、平成29年12月16日、手術において挿入したピンを抜去する抜ピン手術を実施し、術後、右前肢を改めてアルフェンスシーネ(アルミフェンス副木)(「本件外副子」)で固定した。
・獣医師は、平成30年1月5日、本件外副子を外した。
・飼い犬は、平成30年1月13日、自宅で右前肢を挙上して鳴き出し、同月14日、被告動物病院においてX線検査が実施された結果、右前肢の再骨折と診断された。
・原告らは、平成30年1月16日、被告から紹介を受け、飼い犬を二次診療施設に受診させた。飼い犬は、右撓尺骨骨折(再骨折・癒合不全)と診断され、同月20日、プレート固定による整復固定術(「本件再骨折手術」)を受けた。
・平成30年3月31日、本件再骨折手術において挿入されたスクリューを抜去され、その後も、二次診療施設において定期的に骨折の検診を受けた。
・原告らは、令和2年11月13日、飼い犬が右前肢を挙上したことを主訴に、飼い犬を別の動物病院に受診させ、触診及びX線検査の結果、右前肢の再々骨折が疑われた。飼い犬は、同月17日、大学付属動物病院において再々骨折と診断され、同月19日、入院し、同月20日、プレート及び自家海綿骨移植による整復固定術が実施された。

 裁判での、原告の主張は多岐にわたりますが、そのうち2つの過失の主張を取り上げます。

 ①被告は、骨折の整復に当たり、骨折端同士を50%以上接合させて固定すべき注意義務を負っていた。ところが、被告は、上記注意義務に違反し、手術において、骨折端が50%以上ずれている状態(水平方向に3mm、垂直方向に2mmのずれがあり、水平方向で10%の接合もなく、しかも、遠位端が近位端にオーバーラップしている状態)で固定した。

 ②外副子は、本来的にはピンの穴が閉塞し、皮質骨の連続性や骨髄腔形成が確認できるまで装着しておく必要があり、その期間は1か月半ないし3か月程度となる。
 被告は、飼い犬に対し、平成29年12月16日に本件外副子を装着したから、そこからピンの穴が閉塞し、皮質骨の連続性や骨髄腔形成が確認できるまでの1か月半から3か月間これを装着すべき注意義務を負っていた。ところが、被告は、同日、皮質骨の連続性や骨髄腔形成が確認されず、完全に骨癒合した状態ではなかったにもかかわらず、骨癒合したものと判断し、この判断に基づき、装着から19日後の平成30年1月5日に本件外副子を外した。


 裁判所の判断は以下のとおりです

 ①「骨折の整復に当たり、骨折面の接合の程度(接合している部分の割合)は重要な要素であり、創外固定において必要とされる骨折端の接合の程度は一般に50%が目安となるが、最低でも50%の接合が必要であるとする文献がある一方、50%の接合があれば十分とする文献もあり、求められる接合の程度に関する記載のニュアンスは文献によって異なっている。そうすると、最低でも50%の接合が必要であるとする文献があるからといって、直ちに創外固定において骨折端同士を50%以上接合させて固定すべき注意義務があるということはできない。
 観血的整復法では正確な整復が求められるのに対し、ステップ・バイ・ステップ法は非観血的に骨折箇所を直接目視せずに整復するものであるため(略)、その接合の精度には限界があるといえる。そして、証拠及び弁論の全趣旨によれば、トイプードルの斜骨折に対して外固定を継続していた症例で、X線画像上、骨折端同士が少なくとも50%も接合していない状態であっても、その接合の程度について問題があるとはされていないこと(略)、猟犬の脛骨骨折に対して創外固定を実施した症例で、X線画像上、骨折端同士がほとんど接合していないにもかかわらず、患肢の立体的アライメントは完全ではないが許容範囲内であるとされていること(略)が認められる。創外固定における接合の精度には限界があることと、上記の症例を踏まえると、被告は、骨折の整復に当たり、骨折端同士を50%以上接合させて固定すべき注意義務を負っていたとはいえず、同注意義務違反は認められない。」

②「本件では、D教授聴取報告書のほかに、皮質骨の連続性や骨髄腔形成が確認できるまでの間、外副子を装着しておくべき注意義務を基礎付けるに足りる医学的知見は認められない。かえって、患肢への体重負荷は早期の骨癒合を達成するために必要不可欠とされ、若齢犬の橈尺骨骨折において無用に長い期間の外固定は推奨されていない(略)。そして、D教授自身、再々骨折後の飼い犬の治療において、骨折間(骨折端)が完全に癒合していない状態で外副子を除去してリハビリテーションとして荷重を掛ける方針を採っている(略)。また、二次診療施設のA獣医師は、本件外副子除去後少なくとも1週間程度は患肢を問題なく使っていたことから、歩行等の負荷に耐えられる程度に癒合していたとしている(略)。これらのことに照らせば、被告が、飼い犬に対し、皮質骨の連続性や骨髄腔形成が確認できるまでの間、本件外副子を装着しておくべき注意義務を負っていたということはできない。」

 獣医師の過失は認められないという判断となりました。
 犬の骨折に対する創外固定術が問題となった裁判例は、参考になる部分が多いかと思い、ご紹介した次第です。