コラム

獣医療訴訟 オーナーとのトラブル

債務不存在確認訴訟

弁護士 長島功

 今回は、債務不存在確認訴訟というものを、実際の事例とともにご紹介しようと思います。
 通常、獣医療裁判では、飼い主が原告となり、獣医師が被告となって、「処置にミスがあった」、「説明義務違反があった」等として、損害賠償請求がなされます。要は、賠償金を支払えという判決を求めて飼い主の側が裁判します。
 しかし、この債務不存在確認訴訟というのは、原告と被告が逆転します。獣医師が原告となり、飼い主を被告として、裁判を起こします。どういう裁判かというと、「債務不存在」という名前からもお分かりのとおり、獣医師の側から、自分に賠償義務はない、債務はないのだとして、それを裁判所に確認してもらうべく裁判をするのです。
 獣医療裁判に限らず、この債務不存在確認訴訟は、そもそもの数があまり多くはないのですが、どういった場合に使われるかと言いますと、例えば、飼い主さんより損害賠償の請求をされ、ミスがないことを何度説明しても納得をしてもらえず、繰り返し請求を受けているような場合が挙げられます。
 こういった場合、通常は飼い主さんの方から裁判を起こしてくるのを待つことになるのですが、一向に飼い主さんから裁判は起こされず、ただ、繰り返し連絡をしてくるということがあり、これではいつまで経っても紛争が終わらず不安定な状態のままとなってしまいます。そこで、逆に獣医師の側から訴えることで、債務がないことを判決で確認してもらい、紛争を解決するのです。 

 実際、犬のフィラリア除去手術の術中に、心拍減少、不整脈を起こし、犬が亡くなったケースで、この債務不存在確認訴訟が使われたケースがあります。
 このケースでは、犬が亡くなった後、飼い主の側が、男性数名を引き連れて、病院に押し掛け、「誠意を見せろ」「いつかお前が誰かに危害を加えられることもあるかもしれないぞ」等と大声で威嚇したことが認定されており、手術費用等の支払いもされていなかったケースでした。そのため、獣医師側より、損害賠償義務を負わないことの確認を求めるとともに、手術費用の請求も併せておこなったようで、判決では、獣医師側の主張が認められています。

 できるだけ交渉での解決を目指すべきですし、費用もかかりますから、一般的に獣医師の側から裁判をするということはお勧めできません。当職も、あくまで最後の手段と考えています。
 ただ、あまりに長期にわたって飼い主さんとの交渉が続き、一向に紛争が解決しない場合や、その連絡方法が威圧的であったり、あまりに執拗な場合、ご紹介した裁判例のように、未払いのものがあるなど、こちらから裁判を積極的に行う理由があるような場合には、有用な場面もあります。
 非常に稀なケースではありますし、実際にこの類型の裁判が、紛争解決にとって適切かは、ケースバイケースなので、もしお困りの獣医師の先生がおられましたら、一度ご相談いただければと思います。