コラム

裁判例 獣医療訴訟

獣医療訴訟について⑦転医義務違反

弁護士 幡野真弥

 獣医師は、診療当時の臨床獣医学の実践における医療水準に従って診療を行う義務があります。
 そして、専門科目や施設の関係から、自らは必要な診療を行うことができないものの、高次の医療機関であれば診療ができる場合には、高次の医療機関の診療を受けるように転医を勧める義務を負っています。

 ここで1つ具体的な裁判例をご紹介します(東京高裁平成20年9月26日判決、横浜地裁平成20年9月26日判決)。

 患畜はメスのダックスフント犬です。4月14日に、熱・ぐったりしている・右肩と内股付近の難治性膿瘍を主訴として来院しました。オーナーは「近くの動物病院を受診したものの,菌が検出されず,抗生物質の投与が奏功しなかった。」と話していました。
 獣医師は無菌性結節性皮下脂肪織炎と感染症の両方の可能性を疑い、スクリーニングとしてプレドニゾロンを処方しましたが、その処方量は適正量の下限の30%程度でした。プレドニゾロンでは改善しなかったため、獣医師は細菌感染と判断しました。
 獣医師は、4月18日から5月9日まで複数の抗生物質を併用し、細菌感染症対策を行いましたが、奏功しませんでした。
 4月23日、獣医師は細菌培養検査を実施しました。検査の結果、4月27日に多剤耐性の大腸菌と推認される菌が検出されました。また、ビブラマイシンのみが効果を有するという結果が報告され、これを投与しました。しかし、その後も投与の効果は出ず、発熱が続きました。
 4月29日、白血球数が異常数値を示しました。
 5月1日になっても、発熱が続き、治療の効果は見られませんでした。
 5月8日、患畜は肺炎の症状を呈しました。
 5月10日、患畜は大学病院に転院しました。大学病院では、免疫異常を原因とする無菌性結節性皮下脂肪織炎が疑われ、患畜は間質性肺炎に伴うDICを発症しました。
 5月17日、患畜は大学病院を退院しました。

 この時系列で、横浜地裁は「獣医師は,多剤耐性の大腸菌と推認される菌が検出されてから相当期間が経過し,本件出来物の治療につき,遅くとも,患畜が40℃を超える高熱を発し,白血球数が異常数値を示した後の5月1日ころまでには,患畜に対し,1日当たり少なくとも4.2ミリグラムのプレドニゾロンを処方(投与)するか,又は,患畜を大学病院等の高次医療機関へ転院させるべき注意義務を負っていたというべきである」という旨の判断をしました(なお、東京高等裁判所ではより獣医師に厳しい判断がなされています)。
 転医義務が問題となった獣医療過誤の裁判例は少なく、事例としてご紹介します。