コラム

説明義務 獣医療訴訟 手術承諾書

手術同意書を紛失してしまった事例

弁護士 長島功

 通常、手術には一定のリスクを伴いますので、そのリスクを説明し、飼い主様の承諾を得て手術は行う必要があります。その際口頭での説明に加えて同意書を取得しておくことで、後日リスクが顕在化したとしても、リスクを説明されていない、そのリスクを聞かされていたら手術に承諾しなかったといったトラブルをできるだけ回避できます。
 このように、手術同意書は非常に重要な書類であり、手術にあたって作成するのはもちろんですが、その保管にも注意を払いたいところです。
 ただ、人医の裁判例ですが、この同意書を紛失してしまったという事例(東京地裁平成29年12月28日判決)がありましたので、ご紹介したいと思います。

1 事案の概要
 直腸がんの切除手術を受けた原告(患者)が、被告病院の医師には、術前に縫合不全のリスクや人工肛門が造設される可能性があることを説明すべき注意義務があったのにこれを怠ったため、術後に縫合不全や人工肛門の造設という不測の事態が生じたことについて精神的苦痛を被ったなどとして、慰謝料等の支払いを求めたという事案です。
 この事例で原告は、本件手術には縫合不全のリスクがあり、場合によっては人工肛門が造設される可能性があることを術前に説明すべき注意義務を医師が負っていたにもかかわらず、「大丈夫」「軽く治りますから」等と述べるにとどまり、縫合不全のリスク等について何ら説明しなかったと主張しました(なお、原告は手術同意書が示されたこともなく、同書面に署名したこともないと主張しました)。
 一方で、被告は手術同意書を示しながら、本件手術の合併症として縫合不全が考えられることや人工肛門が造設される可能性があること等を説明しており、その説明内容に何ら注意義務違反はないと反論しました。
 ただし、この被告が主張した手術同意書ですが、原告が署名したものは紛失をしてしまったとのことで、証拠としての提出はされませんでした。
 このような事実関係の下、裁判所は次のように判断し、原告の請求を棄却しました。

2 裁判所の判断
 裁判所は原告の署名のある同意書の存在は証拠上明らかでなく、同意書紛失の経緯も判然としないところがあるとしつつも、次のような点を挙げて、術前に必要な説明は行ったと認定しました。
・システム上のひな形(「手術同意書(大腸癌)」)を用いて原告用にアレンジされた本件同意書が作成され、その内容が原告に対する術前説明の40分前に電子カルテ内に登録された旨の記録が残されている
・一般に医師が患者から事前に手術について何らの同意も得ずに手術を行うことは考え難く、上記のような形で直前に本件同意書の準備を整えながら、直後の説明でこれを使用せず、これに原告の署名も得ないことは、通常は想定し難い
・実際同意書には、考えられる合併症の一つとして、縫合不全や人口肛門造設の可能性の記載があり、本件手術の内容等からしても縫合不全のリスクは当然に想定される合併症の一つであることなどを併せ考慮すれば、説明を行ったとする医師の証言は合理的なものとして信用できる
・一方原告は、医師からの説明は20分弱あったとしながら、その説明内容については「心配ないですから。」「治りますから」等と言われたと述べるにとどまるなど、その供述内容には不明瞭、不自然な点があることに加え、医師の証言とは異なり、その供述内容を裏付ける的確な証拠もないことに照らすと、原告の上記供述は信用することができない

 このように、手術同意書がなかったとしても、他の客観的な証拠や証言の信用性より説明義務を履行したことを認定してもらえることはあります。
 とはいえ、手術同意書があれば、そもそもこのような紛争が起きなかった可能性もありますし、仮に起きたとしても、無用な争点が形成されず、審理の負担は軽くなったはずです。
 改めて手術同意書の作成及び保管の重要性について、獣医師の皆様方に広くお知らせしていきたいと思います。