コラム

獣医療訴訟

縫合不全が起きた場合の手技上の過失の判断

弁護士 長島功

 術後に縫合不全が起きてしまい、再度の手術が必要になったり、それがきっかけとなって患畜が亡くなってしまうようなケースがあります。このような場合飼い主様からは、縫合不全という結果が生じた以上当然に獣医師は責任を負うべきだとして、損害賠償請求がなされることがあります。しかし、法的には良くない結果が起きたからといって当然に責任を負わなければならない訳ではなく、縫合不全が起きたことについて、獣医師に何らかの過失や注意義務違反がなければ、法的責任は生じません。
 では、裁判所は具体的にどのようにして、手技上の過失があったかを判断しているのでしょうか。人医に関するものですが、参考になると思いますのでご紹介していこうと思います。

 まず、縫合不全は手技上の過失で起こることも勿論ありますが、それ以外にも様々な要因で発生し得るものです。
 そのため、裁判所も縫合不全という結果の発生から当然に手技上の過失があったと推認するようなことはせず、当該手技のどのような点に問題があったかを具体的に特定できて、初めて手技上の過失があったと判断をすることが多いです。

〇手技上の過失を否定した例
 名古屋地裁平成20年2月21日判決は、腹腔鏡下胆嚢摘出術及びS状結腸部分切除術の術後に縫合不全が起きた事案で、「縫合不全を防ぐためには、縫合に際し、適式な術式を選択し、縫合が細かすぎたり結紮が強すぎたりして血行を悪くしないこと、吻合部に緊張をかけないことが必要であるとされていることを考慮すると、債務不履行に該当する吻合手技上の過誤があるというためには、選択した術式が誤りであるとか、縫合が細かすぎた、あるいは結紮が強すぎた、もしくは縫合部に対し過度の緊張を与えたと認められる場合に限られると解するのが相当」としました。その上で、本件手術が縫合不全が生じやすいS状結腸を対象とするものであったことや、患者が喫煙者で、手技以外の原因で縫合不全が生じた可能性が十分あること、一方で手技上の過失を裏付ける具体的な事情や証拠はないことから、医師の手技上の過失を否定しました。 

〇手技上の過失を肯定した例
 東京高裁平成9年1月29日判決は、胃がんと診断され、胃亜全摘手術後、大量の吐血・下血等が起きたことから、縫合不全に原因があったとして争われた事案で次のように判断し、医師の手技上の過失を認めました。
 「医師は、本件手術において、開腹して一旦病変部の切除をした後さらに追加切除をして、胃の約四分の三を切除し、アルバート・レンバート法による二層縫合を行い、また、吻合後に十二指腸の授動を行っているところ、胃の追加切除を行った場合、吻合部の緊張が強くなることがあり、また、右アルバート・レンバート法による二層縫合は、吻合部の血流を悪くするといわれていること、胃の切除部分が大きい場合には、予め十二指腸の授動をしておかないと、縫合し難いことがあり、また、それ程ではないとしても、縫合しようとする部分が引っ張られることになり、十全な縫合を期し難いことがあるので、吻合の前にこの操作を行い、余裕をもって吻合を行うのが望ましいこと、本件手術の際に用いられたマクソン糸は、糸に強度の緊張がかかるような状態での縫合には使用すべきではないこと」を認定し、医師の選択した術式及び手法に誤りがあったか若しくは縫合の過程において手技上の過誤があったことによる過失があったものと推認するのが相当と判断しました。

 術式や縫合の手法が誤っているというような場合、比較的判断は明らかなのですが、術式や手法自体に問題はなく、縫合が細かすぎる、結紮が強すぎる等まさに執刀医の手技そのものが適切だったかが争いになる場合は、非常に認定が難しくなります。そういったケースでは、手技上の過失以外で、縫合不全が発生する要因があるか、その要因は縫合不全を引き起こす可能性がどの程度あるものなのかが検討されているように思います。そして、手技上の過失以外の要因で結果が生じた可能性を否定できないような場合には、基本的に手技上の過失は否定する方向になるものと思われます。