コラム

裁判例 獣医療訴訟

獣医療に関する裁判例ー歯周治療中に右股関節の頭背側を脱臼する傷害を負った事例

弁護士 幡野真弥

 今回は、東京地裁判決令和2年12月3日の裁判例をご紹介します。

 患畜は、13歳の犬(パピヨン)でした。
 治療内容は、無麻酔での口腔内治療(歯周治療)で、動物看護師が診察台で、犬を保定していました。
 歯石を取ったり、口腔内を洗浄、消毒するなどの処置を行い、それらの処置は概ね10分ないし15分程度で終了しました。この間、動物看護師は、診察台に犬を置いて伏せる姿勢をとらせ、両肘を診察台につきながら、片方の腕を犬の顎の下に通して、その上腕と前腕で犬の首を下から挟み込むように固定し、もう片方の腕を犬の体の上から通して、その前腕と脇腹を使って犬の体を挟み込み、その手指を使って犬の両前足を握ることによって、犬が動かないように保定しました。
 治療の間、犬が暴れたりする様子はなく、ぐらついている歯を触ったときの痛みを嫌って後肢をばたつかせるように動かすことがあった程度でした。
 本件治療終了後に看護師が犬を床に降ろして手を離したところ、立ち上がることができず、右股関節の頭背側の脱臼が認められました。
 その後、別の病院で大腿骨頭切除術を行うこととなりました。

 この事実関係で、裁判所は、「犬の歯科治療をする際には、犬が動いて治療の妨げとならないように保定する必要があるところ、伏せている犬が後肢を伸ばしたときに股関節に外力が加わると脱臼するおそれがあるから、医療関係者には、そのようなことが起こらないように適切な方法をもって保定すべき注意義務があった」と判断しました。

 麻酔が原因で死亡してしまうリスクがあるため、無麻酔下で患畜を保定し、治療行為を行うことは多々あると思いますが、そのような場合、保定方法が適切であっても、患畜が暴れ、怪我をしてしまうことがあります。今回の裁判所の判断は、獣医師にとっては厳しく感じるものと思いますが、保定の際の患畜の怪我は、獣医師の過失と評価されてしまうことが多いです。